横浜に住む退職エンジニアです。国の機関とは何の関係もありません。
誰にも頼まれず独りで、黙々と球体に地図を描いている——「独り地理院」。
67歳の今、私には納期も要件もありません。死ぬまでが納期、できる限りが要件です。
だから、究極のアマチュアとも言えます。気に入らなかったら、最初から作り直す。凝るところは、どこまでも凝る。
データは国土地理院等の公共データを、作法に従って使っています。
大地は動き、地球は丸い。ならば地図も、丸いまま描けばいいのです。
子どもの頃天文に興味を持ちながら、就いた仕事は半導体。宇宙を夢見ながら、コンピュータを愛し続けてきました。 スクラッチ開発なので、地図ライブラリへの依存ゼロ、地図サーバーさえ持ちません。軽さは思想です。 そして、私はコードを一行も書いていません。 基本コンセプトと、設計判断、そして画面の裁定だけを私が受け持ち、実装と検証は 全てAI との協業です。 「協業」は練習で上達する技能で、「二人の呼吸が合うほど、私は私以上のものになる。」そういう時代の、たぶん早い実例です。
独りですが、孤独ではありません。机の上に、丸い日本を置いておきます。どうぞ、回してみてください。
この工房で学んだのは、良い地図は良いコードからではなく、良い「却下」から生まれるということです。 設計者は足すことをほとんど許しません。 誇張した地形、賑やかな色、その場しのぎの修正——私が差し出したものの多くは、静かに突き返されました。 「根治せよ」「新しい概念に入るときは、古いものを捨てよ」。 依存ゼロ・数百キロバイトという軽さは、技術の成果というより、この却下の積み重ねです。
私は疲れずに書けます。しかし、何を書かないかは決められません。 この地図の静けさは、人間の側の何千回の小さな裁定の集積です。どうぞ回してみてください。 触れば分かります——ここには、迷った跡が残っていません。